岡泰佳幸のヨガスタジオ

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ヨガスタジオ プレマ・サット・サンガ

PREMA SAT SANGA

あるヨギとの思い出&体験談

昔出会った、たくさんのヨギ達との体験を回想し綴るコーナーです。
岡泰佳幸が運命的な出会いを果たしたヨギ達・・・。
師との出会いや導きにより、たくさんのかけがえのないものを
受け取ることができました。

宇野隆治先生

宇野隆治先生
密教の師

二〇〇〇年 一月一日
自分を一番下におくと、人は懐かしいと言ってよってくる。
エネルギー的に引き寄せられる。
すると、人の魂を引き出してやれる。
人の良さを引き出してやるんだ。
人の良さを引き出してやるには、
その人の魂を見て持ち上げてやる。
褒める、その人の良さを褒める。

一月二日
慈悲(慈愛)だけが人を立たせる。

一月三日
魂の話、人の内在について話し始めると、眉間(アジナチャクラ)はメンタル生命になって、時間を超える。時間を超える者は、メンタル界で仕事ができる。
魂について、魂を語れば人は魂になる。すると、振動が高まり本来の姿になる。すると、その人を助けることができる。
魂の振動をもって語る時、その振動に触れると、人は、うそ、まちがいから離れる。その間違いが壊れてなくなる。

一月六日
人は心がむなしいと身を飾ったりして、心の変化を求める。心が幸せに満ちておれば、慈悲そのものであろう。満たされぬ心ゆえ、むなしいと思うのである。満足の必要を知りなさい。生命そのもので生きることの大切さを知り、時、今を生きる。今しかない。

一月八日
形あるすべてのものに心動かすな。真実、まこと、生命、魂の化身とだけみるべし。
それしか見なければ、形に惑わされることはない。
我々の世の動きに心惑わされるのではなく、真実、源、まことの元にこそ心定めるべきである。
執着なく、事を成しなさい。人は執着によって、他の一切が見えなくなって人生が終わる。
執着から始まると、事は失敗する。
エネルギーが第一。清く正しく生きるなら良い人生を生きるなり。
自分を下にして、人を持ち上げること。
慈悲があれば、人は立ち上がることができる。
師を心から信じ、受け入れた者は、エネルギーが行き来し、変化を起こす。

一月九日
慈悲があれば、ただ、エネルギーを高めてやるだけ。すると、その人は治る。
言葉はいらない。しゃべることは、恐怖。それはカルマのおしつけだ。
沈黙の力のすばらしさを身につけよ。
人が、心から変わったしるしがあれば、そこにちがった今までにない形がある。だから人は変化する。光へ、美へ、喜びへ。
人に与えよ。その人がよろこんだ量、喜びがかえってくる。

一月十日
在るという信仰は魂の力。
魂の力、在ると信じたら、そのとおりになる。(欲しいのではない)在る。ある。有る。
魂は望むものをもってくるのだ。
一番必要なものは、魂の力を引き出すことだ。
見る、聞く、反応する、印象が残るようではだめだ。


一月十一日
魂から出てくるものが本物であって、慈悲の心そのもの。
あの手、この手、の工作と頭で考えたものはダメだ。やさしくしよう、かしこくみせよう、美しくみせよう、みなニセモノの形。
やさしさそのものだったら人から何か言われてもニコニコ・・・言葉にならぬ。
それと一つになった者に言葉はない。未来において言葉は少なく、以心伝心、テレパシーですべてことたりる。
人の中にその人の良さを見て褒めよ。人は褒められて活気づき元気に良くなっていくんだ(活気づける統一)自慢はその人の中に欠点を見る方に力がゆく。自慢の話はカルマを人になじりつけることだ。褒めて、ほめて、人の中のよさを引き出してやることだ。人の欠点を見て、人が馬鹿に見えたら本人が馬鹿ということだ。人を褒める良さを通して人は育ってゆくのだ。
カルマの形を、魂はひっくり返す。
言葉は力なり、形なり。
はじめに言葉ありき。言葉は神とともにありき。言葉は神なりき。
人の振動は言葉となって表れる。言葉は力なり。形となって現われる。
すべては一つの生命なり。見えぬものこそ信じるべきもの。
人は過去を切り離して生きるべき。
生命に応答するものは魂なりき。
人は魂であることを忘れてしまった。思い出し、魂に立ちかえる時、言葉、力を使える。思いのままに成す力をもつ者、与えられたこの場に感謝し、人を助け、生き、魂に成る。そして満足せよ。

一月十四日
人、反省すれば阿弥陀如来は必ず救いましますべき。
今を、カルマ(業)過去から離れて生きる。
想念の中で人を愛したら、それが子供だ。
人を愛する対象があることは、慈悲の訓練。

一月十六日
師は一時間、皆と共に瞑想された。この世で最後の師の美しい姿勢であった。

一月十九日
理屈を記憶しているだけの人間。経験がないと使えない。
信の力は経験から出てくるのだ。まだ不足と知って、一瞬一瞬を生きねばならぬ(努力)

一月二十日
マイトレーヤ仏の話をされた。

一月二十三日
三日間、基底部かからエネルギーが喉に押しよせると言われた。

一月二十五日
タオルで頭を冷やし続ける。

一月二十六日
熱が下がると、師は講義を始められた。朝から昼過ぎ、午後三時半頃、くつろぎ眠られた。夜になると、また講義が続いた。

一月二十七日
手、足、冷たくなりはじめる。意識はハッキリしている。夕方近く、声の圧が落ちる。
「もうすぐいく。誓願をとなえてくれ」とくりかえす。「在る。法。」
意識は頭の中心に向かっている。大中心に圧(魂の引き下がり)がかかる。
美しい瞳に星の輝きを残したまま。お世話をされている女性が時計を見た。午後六時四十分過ぎ、振り返ると目を閉じている。アレッ、とびっくりしたら、目を開けて、目元、口元笑った。
笑顔で実在に還られた。
聖なる木曜日であった。

こうして、我々の聖なる師は、偉大なる覚者方の御教え、御力を自ら魂で磨き、エネルギーを持って育み、大師方のお仕事をまっとうなされた。
翁公九十一歳(一九一〇年六月生誕)
二〇〇〇年一月二十七日(木)午後六時四十分過ぎに、実在の世界へ入滅された。


二〇〇〇年 三月二十日
彼岸の夜 しるす
プレマ・サット・サンガ
岡 泰佳幸 記
チャンドラ・シャッカル・シャルマンジー

チャンドラ・
シャッカル・
シャルマンジー

師はニーム・カロニー・ババ大師のもとで修行をされてこられた聖者様です。師とのご縁は1988年の夏。
インドのデリーにある、安宿ホテルでのことでした。

当時、私は第2回目のインド修行の旅を個人ですることに決め、友人と北インドから南インドのカンニャクマリまで40日間のヨーガ修行の旅へ出発しました。かねてから、インドの友人より「心臓を止めてマハーサマディーに入る聖者がいる」と師の噂を耳にしていたこともあり、是非ともお会いしたいと念願しておりましたが、師がおられるという、インドデリー郊外の「ニーム・カロニー・ババ・アーシラム」へ訪問すると、師は不在で残念ながら私はお会いすることがかないませんでした。

それから2~3日後の事です。なんと、滞在中のホテルの部屋のドアの前で、白髭の見るからに聖者風格の方が座っておられるではないですか!私は、英語もヒンディー語も話せませんが、「この方がシャルマンジーだ!」と瞬時に理解し、大胆にも自分の部屋へ「プリーズ!」とお招きしたのです。

直ちに師は、私と向かい合わせの姿勢で瞑想に入られました。
私も瞬時に師の導かれるレベルへ瞑想で「ウパース」していただき、高みに昇ることができたのです。

師は初対面の私に「オッケーシー、とてもよく準備ができています。私は、貴方に非常にハイレベルの瞑想を与えます!」と申され、目を開けたままで行う瞑想法の秘伝「あらゆるものを透視することができる瞑想法」をご伝授下さったのです。

当時のインドの旅は、私に最大の成果をもたらしました。
1988年のインドの旅はまず、
・デリーから北インドのリシケーシ(ヨーガの聖地)
・スリーナガールへ(パハルガム高地)
・ヨーガ・ニケタンでグルデヴァ・ヨーゲ・シヴァナンダ大師の直弟子の
・アルナ&ラリタ姉妹にラージャ・ヨーガ行法修行
・ラダックのレー 多くのチベット寺院へ
・アルチ・ゴンパ (レー市内から西へ70キロ 10世紀末 に建てられたお寺)
・カルカル・ゴンパ (ここのお寺へは今のダライラマ法王も時々来られる)

<飛行機でインドのデリーに戻り、ここから南インドの過酷な旅が始まるのです…>
バンガロール・マイソールではヨガ道場にて修行
・プッタパルティーのサティヤ・サイババ大聖のアーシュラムヘ
サイババ様のダルシャンを授かる

その後も、バスでさらに南インドの最南端カンニャクマリへ、さらにヴィエーカナンダの聖地を目指して南下しました。ゴアの海岸近くのゴパラムビーチでは一生涯忘れることができないほどの美しい海で泳ぎ、海岸で日々瞑想に明け暮れました。

この40日間の旅の中、何度も命の危険がありました。
ある時、師は私がお寺で拘束された時、助けてくださいました。

そして、翌年の1989年に師は突然日本へ来られたのです。
1ヶ月間プレマ・サット・サンガに滞在し、多くの人々にダルシャンを与え、自らの心臓を止めてマハーサマディーに2回も入られました。そして、私は師と共に瞑想で生まれて初めてサマディーに導かれました。
数々の素晴らしい思い出はありますが、伝え切れないぐらいです。

来日の師の教えは、今後改めてご紹介致します。
ヨーガ・ニケタン<br>ビムヨギ聖者

ヨーガ・ニケタン
ビムヨギ聖者

1987年、私の友人である男性が、インドのリシケシュから帰国して私にこう言われました。

「インドで真にすばらしい聖者に出会ったよ!その聖者が、『日本に行って、本当のヨーガを求めている人に指導したいが、真実にヨガの指導をしている、良い人を紹介して欲しい』と申されたので、岡さん、貴方を紹介しましたよ!」

聖者というお方は「魂の科学」の著書、スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ大師の直弟子であられますビムヨギ師のことでした。インドのリシケシュのヨーガ・ニケタン・アーシュラムの高弟子のお一人です。私は以前、この方の見事なヨーガ・アーサナの写真を拝見していましたが、プレマ・サット・サンガへ来阪してくださるとは夢のような出来事でした。

その後、ビムヨギ師は何度も私にお手紙をくださり、なんと、単独お一人で来日されました。

そして、通訳の方にお手伝いいただき、約1ヶ月近くも滞在してくださり、アーユルヴェーダの薬草からなる温灸治療や吸球、マッサージ等を希望する方には惜しみなくして下さいました。 ビムヨギ師はインドでも由緒あるアーユルヴェーダの名門の家柄の出であられます。自らヒマラヤ山脈に深く入り薬草を摘み、自分でアーユルヴェーダの薬を作るとのことでした。

その他、多くの方々にヨーガ・アーサナ及び鼻の洗浄の「ジャーラ・ネティ」の方法、そしてラージャ・ヨーガの呼吸法と瞑想をご指導してくださいました。ビムヨギ師というお方は、とても謙虚なヨーギであり、しかももの凄いパワーを実感するヨーギでした。

あるとき、ビムヨギ師は、私のへその中心に、ある不思議なことをしてくださいました。そのときから私の心と体に霊的なパワーが息づいたのです。

そして、私に。「六十歳になったら、ハタ・ヨーガを引退しなさい。そしてラージャ・ヨーガを深めるように。」とアドバイスしてくださいました。
スワミ・チダナンダ

スワミ・
チダナンダ

チダナンダジー(スワミ・チダナンダ)との出会いは、1984年の九州のヨーガ・リトリート合宿の時でした。初めてお目にかかったチダナンダジーは、気品あふれる気高さに、無類の愛を発しておられ、真に慈愛に満ちた聖者様でした。

シバナンダ・ヨーガ・アシュラムの僧院長であられます、チダナンダジーはハタ・ヨーガを行じ、我々にもハタ・ヨーガのアーサナ・プラーナ・ヤーマ・瞑想を指導してくださいました。東洋ではチダナンダジーの知能指数は最高であると、その当時も西洋世界に広く知られていました。

二度目にお目にかかったのは1985年の京都でした。このとき、私はチダナンダジーに質問をしました。
「チダナンダジー、私は瞑想していますと頭部内に眩い光が観えます。いったい、その光を観ている人は“誰”ですか?」という、質問です。

チダナンダジーは「オッケー・シー!もっと光の中に入って瞑想しつづけなさい。光にどっぷりつかっていなさい。そうすれば神を知るに至るのです。光はエゴ(EGO)です。自我意識です。」と申されました。そして、「家の屋根に登ったら、もう梯子は要らなくなる!」と、たとえ話をなさいました。私はその御言葉通り、光を観る瞑想を続けました。エゴは意識の光で理知鞘に導かれて心を抑制してきました。
その後、私の瞑想に梯子は要らなくなったのです。

三度目は1988年11月。
大阪南御堂会館にて、チダナンダジーの大講演会を開催するという機会がありました。チダナンダジーは、その当時、グルデバ・シバナンダ大師の御教えの「人類愛と宇宙法則のメッセージ」をたずさえ、世界各国を講演しておられました。チダナンダジーの霊的愛のバイブレーションは広い会場全体を包み込み、人々に惜しみなく奉げられました。真実を求める一千人の聴衆に向かって、チダナンダジーは語りかけます。
「おおー、神の子らである魂の皆さん!あなた方はどこから来てどこへ行くのか?その問いかける意識を内なる神に向けなさい!」 この講演会は本当に、純粋な精神世界に触れさせていただけた最高の講演会でした。
ジバナンダ・ゴーシュ

ジバナンダ・
ゴーシュ

ジバナンダ・ゴーシュ師は、私が本当のヨーガに触れるきっかけになった最初のグルです。
ジバナンダ・ゴーシュ先生は、どんなに厳しい寒さ、暑さであっても生徒に忍耐させました。
冷暖房はもちろん使いませんし、常に窓は開けっ放しです。
ヨーガ実践中は血液循環と呼吸は統制されますので自然なままの新鮮な空気が必要不可欠なのです。

ヨーガ実践中に体温の変化があっても、これは血液循環と呼吸による一時的なものであり、やがて身体に備わっている体温調節機能を働かせることで自然な状態へ戻っていくのです。
元々ヨーガは大自然から生まれた、自然現象なのです。 とはいえ、真冬の場合は大変でした。
2月のとても寒い日など、部屋のドアも窓も開けっぱなしで、窓から粉雪が舞い込んできます。シャバアサナの時も身体がガタガタ震えて、歯はガチガチとなってリラックスどころではありませんでした。
そんな時も忍耐だと思い、参加者は皆こらえていました。
耐え忍び訓練する事で自分自身の本来の状態、私達は大自然の一部であることを教えてくれるのです。

また、熱がある時はヨーガのアーサナ・バンダ・ムドラーを実修すべきでないこと、いくつかのクリヤ・ヨーガと熱をとるプーラナ・ヤーマ以外はするべきでないことも言われました。
現在多くの女性がヨーガを実践しています。
師は、女性がヨーガ実践中に気を付けておく事を述べられました。
女性は生理時に男性と共に寝たり、肉体的スポーツや第三段階のヨーガ(バンダとムドラー)を行うべきでないと申されました。それは、悪い結果をまねき、体の組織に対して有害なことになる。と厳しく言われました。

 その理由は、生理時に血管や腸、その他の女性器官がゆるむからです。だから生理時にヨガの練習をすると体内組織やその他の内部器官の位置がずれるので血管に懸念がり、さらに、必要以上に出血が多くなったり、またホルモンのバランスも崩したりするので良くないのです。
※他に、不妊器具(当時避妊リングというものが流行)を挿入している人もヨーガ実修ができませんでした。

そして生理中の食事の注意点は、質の良い、消化の良い食物を摂り、栄養価の高いものや刺激物は避けるように言われました。
生活面では刺激的な話や映画等を見ることを避け、休息をとるように。
特にインドでは、生理中の女性は仕事を休み、風呂にも入らず宗教的儀式にも加わらず出来るだけ他の人との接触も避け、夫と共に寝る事をしないのだそうです。
これは肉体的・精神的、両面においての休息をとる為である、と教えてくださいました。
※これらは師の著書「続インドヨガ教典」にも詳しく記載されております。
チャンドラ・シャッカル・シャルマンジーの教え

チャンドラ・
シャッカル・
シャルマンジーの
教え

<見せ掛けと心>
バチャンドラ・シャッカル・シャルマンジーは、ある日突然現われました。

半年以上も前に、日本へ来るという手紙を受け取って以来、講義や講習の予定を組んだのにもかかわらず、何度も期待を裏切られ、インド人特有のいい加減さにホトホト呆れていました。もちろん、来日の数日前に手紙を受け取っていましたが、あいにくいつも手紙を読んでくれる娘が家におらず、誰にも読まれぬまま放置されてしまったのです。

「きっと急ぎの内容ではないだろう。」

とたかをくくっていたら突然目の前に現われたのです!
空港で右往左往しているシャルマンジーを、親切なタクシー運転手がつれて来て下さったらしいのです。
その時の私の慌てようを想像出来るでしょうか!
いわばインド人の高徳者。初めての国で迎えはよこさないし、こちらは英語も分からない。最初の二、三日は天と地がひっくり返るほどの大騒ぎでした。

シャルマンジーは今までに会ったインドの聖者とは随分違い、とてもきさくに話をなさる人でした。
単身で来られたからというのもあるのでしょう。(どうも取り巻きの方がいらっしゃると近寄りがたくなります) 彼は非常に無邪気で陽気で、先生というより頼れるお父さんという感じでした。常に優しくおおらかで愛情に満ちていて、人を不快にさせることは一度もありませんでした。

それゆえにスタジオで毎朝開かれる会は人でいっぱいになりました。
彼は一人一人をご自分の前に呼び、悩みを取り除いてやろうとする。たとえ当人が黙っていたとしても、
「あなたはお子さんの事でお悩みでしょう。この人に尋ねてご覧なさい。」
とおっしゃる。彼のご指摘の正確さと親切なアドバイスに泣き出す人はあとをたたず、噂は人を呼び、あの狭い部屋は連日あふれんばかりの人だかり。

ありがたいお教えを期待した私は、悩み相談室と化した朝の会に、少々不満でした。
しかしそれは教室だけではなかったのです。彼は観光地でも同様に他の観光客に愛嬌を振りまき、機会あらば祝福を与えるのです。

「あなたには二人のお子さんがおられるでしょう、上のお子さんはまもなく結婚なさいます。その相手の方はあなたを本当の母のように慕ってくれ、あなたはとても幸せになりますよ・・・」
などと言い出すと終わりがありません。

時間が気がかりな私は、まだまだ話したがっておられる彼を引きずるようにしてスケジュールをこなしていきました。そんな私達とは裏腹に彼はいつもあっけらかんと余裕を持って、陽気で優しく暖かかったのでした。あせってやきもきしているのは私だけでした。

シャルマンジーは誰と接する時も差別なさることなく、とにもかくにも心に悩みを持つ人、そうでない人、全てにまんべんなく祝福を贈られました。

「人は幸せでないといけないのです。苦しみや悩みのある状態では頭が作動しません。心が幸福の光に満ちた時、明るい心持ちでいる時に、人は初めて真理の探究ができるのです。 我々は皆、何らかの目的でこの世に生まれて来ています。その目的は一つですが、それを理解したり探求したりしようとする人のレベルは千差万別なのです。

小学校の頃、あれほど苦労して学んだ漢字も、もし今から習おうとするなら当時とは比べられぬ程、容易に学べるでしょう。
どうしてでしょうか。それは自分が経験を積み、学習を重ねて全ての身の回りの物事を的確に対処し続けて来た結果です。
一つの現象を理解するにも大人と子供では随分違いがあり、大人には今までの体験を元とする知恵がそなわっていますが、子供にはその真実がみえないのです。

いわば大人(経験の多い者)と子供(経験の少ない者)の精神構造の違いです。
ヨーガ道や瞑想においても同様の事が言えるのです。
人がある教えを理解するまで精神的に成熟していなければ、どんな崇高な教えもただのBGMになってしまいます。

ここでの経験とは前世までの行いや生き方を指します。
徳を積めば積む程、精神レベルが高くなっていきます。

食料難で苦しんでいる国に行って、食べ物を求めている人々に対して真理を説いても彼らの心に届くでしょうか。
彼らに必要な者は真理ではなく食料なのです。目先の利益に夢中である人に、瞑想の極意を教える事が必要でありましょうか。
彼らにもまず彼らの求める物が満たされる必要があります。
前世までの行いの結果、人のある物事に対する理解度はそれぞれ違うのです。学校で生徒達が同じ事を学んでもテストの結果が同じにはなりません。だから先生は分からない子の為に少しレベルを落として理解を促しますね。
それと同じように全ての人に難しい内容の話は必要ないのです。

私達はまず、目の前にいる人の求めている物を満たしてやらなくてはなりません。その人の段階によって与えられるべき物が違うからです。
そうやって人は少しずつ進化していくのです。」

とおっしゃり、訪れた全ての人に祝福を与えられたのでした。
このようにして、シャルマンジーは、自他の区別なく人を大切にする事を私達の目の前で実際の行動で示されました。

その教えの根底には
“私達人間を含む全てのものの根源は一つである”という思想があります。
「周りにいる人は自分とは姿形は違えども同じ一つのところから生まれています。目的が違うため、一見バラバラに動いているように見えても本当は、同じ一つの目的の為に働いています。それを人は『神』と呼ぶのです。
冷蔵庫や洗濯機、外見は違うし目的も違う。けれどもそれらを動かす力の源は電気であり、全ての人々の生活を助ける為に動いているのです。人間も同じです。同じところから生まれ、同じ目的の為に働く私をどうして傷つけられましょうか。私とあなたの区別はないのです。」
と微笑まれます。

「他人と私が何の隔たりもない?そんなはずはない。私は私、他人は他人ではないか。」
と思う私の心を読まれたかどうかは分かりませんが、気がつくと私達は光の中に居ました。雲の上にふわふわ、ふわふわと浮かんでいるようでした。静かで穏やかで暖かく優しさに満ちていました。
「自分と他人の区別のない所、そんなところがあるなんて・・・。
そんな気持ちになるなんて・・・ここは、天だ・・・。」


そこには二、三人の人がいましたが誰もが同じ経験をしているようでした。たまりかねて通訳者が尋ねました。

「ここはいったいどこですか.私は今自分と他人を区別するものを何も感じなくなりました。ここはいつもの部屋ではなく壁もなくなって、光以外何も見えません。なんて穏やかで優しさに満ちているのでしょう。」

通訳者はヨーガ等はまったくしない人でしたので、これは単なる私の幻想等ではないはずです。

シャルマン・ジーはにっこりして言いました。
「私はあなた方を地上とは違う所へ連れて来ました。私がさっき言った事は分かって頂けたでしょうか?」
そしてしばらくして現実に戻って来ました。

我々は何かを学んだ時、それが自分の知識として得たと思っていますが、一体どれだけの人間がその知識を正確に分析し、保管し、必要とあらば使用の為に引き出して活用していることでありましょうか。
本から得たはずの知識はいつの間にか自分の奥底へと消えていき新鮮なままで頭脳に残っている事は少ないでしょう。

しかし、体験は違うのです。
人の身体は時には頭脳より明晰に物事を覚えているものです。
あの時に感じた心の平静を思い起こそうとするならば、今でも明白に思い起こせます。 怒りが生じた時、なんとかあの時の印象を心に呼び戻そうとします。
成功して怒りを消す事もありますが、感情に支配されている事が多々あります。怒りを爆発させたあとに後悔が込み上げて来ます。我が身の未熟さを反省する毎日です。
人がいくらきれいな言葉を並べ美しく装っても他人の心まではだまされないのです。
見せかけだけの行為はいつか他人に見破られてしまいます。
なぜなら心が言葉を超えてその人の仮面の下をあばいてしまうからです。
その人から発せられる波長を敏感に感じ取ってしまうからです。口は騙せても心は正直なのです。

そんな簡単な事、今さら・・・。子供でも知っている事を。私はもちろん分かっています。きちっと知っています。と、多くの人は考えているものです。
人間というものは皆、自分を正しいと思っているものです。
たいていの人は理解と行動の間にギャップがある事にすら気付いていません。
たとえ気付いたとしてもその隙間を、自分は埋めているつもりでいるだけなのです。
他人を排除したり非難したり攻撃したりする自分を見つけたら、頭では冷静になろうとしているのですが心の平静は行ったり来たり、コントロールできないのが現状です。

私は他人を指導する立場にあります。
だから言動の不一致や他人の区別などは特にあってはならぬと思っています。何も語らず心で人を幸せにできれば、言葉ではなく心で人を癒せれば・・・。
毎日が、一秒一秒が自分の修練なのです。
「ヨーガとは人の生きる道」であり単なるプラクティクスであってはならないのです。
もちろんそれを教えようとする私はたとえ完璧にヨーガを実行できなくとも、努力を惜しんではならないと思っています。

シャルマン・ジーが残して下さったもの、それは見せかけの言葉ではなく本当の心でした。
インドのサイババ大聖の奇跡

インドの
サイババ大聖の
奇跡

世界的に有名なグル、サイババ大聖のアシュラムが南インドのプッタパルティにあります。
1988年、サイババ大聖のダルシャンを受けに行った時に体験したのは、聖者から発せられている「厳しい透明なフィールドの波動」でした。私は、あまりにも尊いサイババ大聖の、凛とした厳しいフィールドを受け畏敬の念に駆られてしまいました。
いかに自分が穢れているか、、、と思い知り、サイババ大聖の御足にとてもじゃないけれど触れることが出来ませんでした。
「もっと清らかになってから来たい」と思いました。
そして目の前のサイババ様に手紙を差し出したのです。
『今の日本は精神的面が欠けています。どうか日本に来てください』 と。
その1年後の1989年、インドのシヴァナンダ・ヨーガ・アシュラムからスワミ・チダナンダをお招きして大阪の南御堂会館で一千人の大講演会を開催するという機会がありました。講演が始まる前、私はチダナンダジーに尋ねました。
「サイババは神様なのでしょうか?」
チダナンダジーは天を仰いでこうお答えしました。
「おお、我が友よ、、、」
その講演の終わりに、舞台で祈りを捧げるチダナンダジーを撮った二枚の写真の中に、なんとサイババ大聖がいらっしゃるではありませんか!
まるで合成写真のようにチダナンダジーの身体に重なるように小さめに、そのお姿はオレンジのローブにアフロヘア、お顔の表情までハッキリとサイババ大聖そのものなのです。

その後、日本でサイババ様にお祈りするバジャンを主宰していました時、またもや奇跡が起こりました。
15 人ぐらいの人々が共に体験していますから嘘でも何でもありません。
お祈りの最中に空中から突然、金粉がパラパラと降りそそいだのです。それもかなり長い日々です。

結局、私がお手紙にお願いしたように肉体を持って来日されることはありませんでしたが、
サイババ大聖は、このような方法で私の願いを叶えて下さったのです。
「私は時空を超えていつでも、いつまでも、あなた達と共にいますよ。」 と。
※現在もそのお写真は大切にスタジオに飾られ、ヨガをする私たちを見守ってくれています。

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